嗜好

2020年5月24日 (日)

ふつうの日曜

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つつじといっしょにしかちゃんと。
ようやく5月っぽい写真が撮れた、かな。

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天気のいい日はもうそれだけでいいな。
そう思うのです。

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そんな今日のお昼ごはんは日本五目のおそば。
いつもの食堂でいつもとおなじように食べる変わらない味は
それはやっぱりいいな、うん。

2020年2月18日 (火)

旅かめら

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ふだん、「写真撮りに行くよ」って時のおさんぽは
一眼レフカメラを持って行く。フィルムかデジタルか、両方か。

「買い物だよ」や「ご飯かな」の時はコンパクトカメラ。

でもって「旅に出るよ」なんて場合は全部持って行く。
初めての場所やタイミングによってはものすごい勢いで
フィルムカメラが活躍する日もあるし、デジタルだけのこともある。

今回の雪見遠足の青森・函館の旅はほとんどちいさいコンパクト。
フィルムは結局2本だけ(ふだんだったら10本以上使うはず)。
コンパクトカメラで撮った枚数は940枚を超えている。

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それはけして撮りたいものが少なかったのではなく
むしろ近い距離感で撮っておきたいものがたくさんだった。
そうなのだ、よりリラックスできて充実した旅だったという事なのだ。

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僕が旅カメラに求めることは、
まずそれなりに小さいこと。ポケットに入ること。
操作は簡単なこと。
個人的好みで絞り優先オートモードがあること。
28㎜~70㎜程度でズームすること。
AEロックボタンがあるとなおいいなぁ。
ま、ちょっと意思が出せて簡単に撮れてほどほど小さい。
そんなのがいいな。

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ただ昨今はそんなニーズはスマートフォンが解決してくれる。
携帯性は抜群だし写りもいいし、操作もかんたん。
撮った後も便利だし、うん。よくわかる。
実際に僕もよく使う。特にiPhoneのカメラは脱帽だ。
僕程度の小手先なんか相手にならないくらい綺麗に撮れる。
もうこれでいいよ。そうだね、よくわかるよ。

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でも、僕はやっぱりカメラで撮りたいな。
そう思っているのです。理屈じゃなくて感覚で。
なんだろ、利便性で言えば必然性のない話なんだけれど
あえて無駄を楽しむという事が文化だとすれば
その場の空気を乱し過ぎない程度のわざわざ感は
やっぱりちいさなコンパクトカメラ。
そう思うんですよね。

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ストラップは片側で十分だし、
レンズも据え付けで十分。

本来、一番カメラとして使い方に個性が出せれる
そんなジャンルのカメラだとそう思うんだけどな。

残念ながらコンパクトカメラというジャンルは
もはや残骸でしかない。
新しく買おうと思ってもなんと選択肢の少ないことか。
一方でミラーレス機の多いこと・・・。
ねこも杓子もレンズ交換する必要はないわけで、
ただデジタルカメラというものは本質的に常に新しいが
求められる宿命を持っている。理解はできる。

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ながながと書いてきたけど、だからどうだということはないのです。
どんなことでも、いつまでも同じように同じやり方で
継続できるなんてことはまずないわけで、
その時その時、合わせながらそれでいてぶれないような
そんな写真のある暮らしをしていきたいな。ただそれだけ。

高級過ぎない普段使いで品のあるちいさいカメラ、欲しいなぁ。

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(写真はみんなxq-1で撮影)

2020年2月17日 (月)

写真というもの

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「写真」というものはその社会的使命を終えた。
誤解しないでほしい。無意味だと言っているのではない。
より文化的な立ち位置に立った、というかもはや
文化的なポジションしか残されていない、というべきか。

ここで言う写真の社会的使命とはなにか。
それは「見える形の肖像として情報を伝える」という事。
写真が生まれ普及する前の時代、それは「絵」の役割であった。
風景画、肖像画、絵図などなど。
絵の持つ「情報を伝える」という役割は写真に移り、
「写真」という範囲のなかでフィルムからデジタルへ移った。
カメラという専用の機材を使い、わざわざ撮る。
そのわざわざ感も含めてありがたみと楽しさがある。
それが「写真」だった。

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デジタルカメラが普及してより安価で手軽になった結果、
もはや情報を伝えるのにわざわざ「写真」を撮る必要はなくなった。
その社会的使命は「画像」で十分なのだ。

携帯電話にちいさいレンズが付いた時、
機能としてのカメラが付いたあの時から
徐々に世の中に浸透し、優先した便利さに性能が追い付き
今や情報の記録と伝達はスマートフォンで十分というか
まさにそれが適している、そうなのだ。

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それはけして否定や非難に値するものではなく
情報伝達手段としての機能として考えれば
「絵」を描いて伝えていた時代から「写真」を経て
より手軽に簡単に伝えることのできる手段を手に入れた。
これは喜ばしいことである。

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そう、写真はいまや文明の利器としての社会的地位を失った代わりに
純粋に文化的位置づけに立った。そう思う。

しかしそれはそれを取り巻く規模の圧倒的な縮小を意味する。
もはや「写真を撮る」という行為はそれ自体がニッチであり
物好きであり興味のない人にとっては理解不能な事。
写真を撮り続けるということは圧倒的な変わり者である。

問題はその目も当てられないくらいに縮小するであろう
「写真」というワールドとそのために必要な「カメラ」という機材を
使い続けられる環境をどう維持継続させるか、そういう事。
今後カメラメーカーとしてその事業だけで大企業であることは
不可能であり事業としては会社のお荷物にならざる得まい。

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さあ、どうする。ったて、それでも僕は写真が好きだから
撮り続けるしかなんだけどね。

本当は旅カメラとしてのコンパクトカメラがいかにいいか、
そして今コンパクトカメラの選択肢が少ない嘆きを書こうと
そう思ったんだけれど、どうも前ふりだけで長くなってしまったので
また今度。

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2020年2月 3日 (月)

節分ですよ

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節分だもんでしかちゃんと晦日のつもりで月見そば。
なんだいつもとおなじじゃんって思うけど、
減量中で麺食は控えているけど、節分だから。

暖冬だから土手の土筆も出ているかな、なんて思ったけれど
どうやらまだまだ先みたい。
今日は節分、明日は立春。

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葉牡丹かだんでしかちゃんもちょっとは春のつもりかな。
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寒櫻に梅の花、そうそう近所の河津桜も見に行かないと。

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そんなしかちゃんは豆まきですよ。
今年も「おにさんもいっしょに福豆たべよう」なんて
みんなといっしょに準備中。

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晩ごはんに鰯を食べて、節分満喫できたかな。

2019年9月29日 (日)

ちいさな公園

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思いがけず晴れ間の午後に久しぶりの土手あるき。

ちかくのちいさな公園で見つけた芙蓉の薄桃色に
「あぁそうだね。」なんて思いだす。

最近はあんまり近くを見てなかったな。

空すっかり秋のうろこ雲。

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そんなことに気が付けた今日は
まぁいい日かな。

旅に出るのもいいけれど、
ふだんの中にもいろんな季節があるもんね。

そんな今日の晩ごはんはカレーです。

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2019年8月15日 (木)

夏はおそば

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やっぱり、夏の塩分補給はおそばがいいよ。

そんな今日は具だくさんの五目蕎麦。
たけのこ、かまぼこ、なるとに鶏肉、
お麩としいたけとお海苔といんげん。

はふはふしながら、熱々おそばをしかちゃんと。

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久しぶりにお二階へ。
実はけっこうモダンなお店、だと思うなぁ。

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2018年7月 3日 (火)

静岡には岩久がある

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食堂の話のつづき、です。


で、静岡には「○○食堂」って、いくつかお店はあるけど、
そんなに目立ってこないなぁ、なんて思っていたある日。
おそば屋さんにもいろいろあるじゃなか、って思いつく。


専門店の蕎麦屋さんもあるし、
もちろん、そうじゃないおそば屋さんもある。
で、そうじゃないおそば屋さんのメニューを見てみたら
『あぁ、これは食堂だ』そう思ったのです、うん。


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おそばにカツ丼、ラーメンに天丼。
カレーライスにチキンライスに焼肉定食。


そう気が付いたら静岡にだって『食堂』がいっぱいある。
そうなのだ、
「 静岡には岩久があるじゃないか 」、うん。


のれん分けでたくさんある岩久のお店はどこも
『蕎麦屋』として評判にはならないけれど、
それぞれのお店がそれぞれの場所で
ちゃんとしっかりそこにおる。
あぁそれはまさに正しい食堂の姿なのだ。


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というわけで、『食堂』と『おそば屋』の相関関係と
歴史的沿革が今後の課題。
なんて言いながら、今度は何を食べようかな。

【食堂】という文化

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うまく話をまとめようと思いつつ、なかなかうまくまとまらないので
いつまでたっても書けない話はまとまらなくても書いてしまえ、なのだ。


このところ、大きな連休があると行っている青森には
昔ながらの『食堂』がたくさんあって、
去年の5月にとある食堂でカツ丼を食べたのが事の始まり。


でもって今年も行ってきた5月の青森。
食堂めぐりの旅。


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今回は「食堂」行くのが目的なのでいくつかのお店で
おいしいご飯を頂いたけれど、
やっぱりどこも、まじめで誠実で丁寧で、
だからご飯もお店もおいしいんだなぁなんて、
そう思ったのです。


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(↑ここの焼餃子、ものすごく旨いよ)


で、おもしろいのは多くのお店で『○○食堂』って名乗るの。
メニューはおそばや丼や中華そばなんだけど、『食堂』。
蕎麦屋でもなく、ラーメン屋でもなく、『食堂』、なんかちょっと面白い。
専門店化も高級店化もしないで、そこにちゃんとずっといる。
そんな距離感がなんだかいいなぁ、なんて。


ほかの食堂にも行きたいけれど、
おんなじお店にもまた行きたい。(青森だけど)


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でも、『食堂』の旅って観光出来ないんだよね。
お昼ごはんを街のなかで食べるのが目的だから、うん。
その分、街には詳しくなるけどね。

 ~ つづく ~

2017年5月28日 (日)

おやつはたい焼き

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ここのたい焼きはいつでも普通においしい。
だから、いつでも好きなおやつなのです。

2017年3月 8日 (水)

本屋と本と。

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本屋というものは一見、「どこにあるお店でも同じものを売っている」
そう思うかもしれないけれど、実はそこに大きな落とし穴がある。
(本屋でどこでも同じように売っているのは雑誌くらいなのだ)


なんていうのは大げさかもしれないけれど
本屋の店先で「お!」って興味を引いた本はその場で手に入れないと
二度と出会えない、もしくはすごく入手に苦労する。
そう思うな、うん。


旅先の宮脇書店本店でがっつり本を買ったけど、
今日、静岡市内の本屋で同じ本は目に入らなかった。
やっぱり、そういうこと。


静岡市は駅前市街地に大きな本屋が何件もあって
地方都市としては恵まれている。
郊外の中規模書店もそれなりに残っている。


普段はまったく問題なくて十分なんだけれど
たまに物足りなくなって東京の八重洲ブックセンターや
丸善本店(日本橋より丸の内の方が好きだな)へ行く。


そんな中で香川県高松市の宮脇書店本店はパラダイス。
今回はお弁当関係の本がいくつも目に入った。


本屋において、この「目に入る」というのが重要で、
新しい知識の入り口との出会いだとそう思う。


視界に入る、オーラが届く、手に取って感じる。
それは実店舗の意味がそこにある。
ネットで探すのは楽かもしれないし、
目的の本が決まっているときは有効。あと、取り寄せるときとか。
でもいい本屋の店先には必ず何か出会いがある


宮脇書店総本店へも行きたいと思いつつ、場所的に旅では行きにくい。
でもいつか行きたい、うん。


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ま、そんな独り言です。
ちなみに
「ことちゃん&ことみちゃんのことでんで行く高松新発見の旅」は
新刊当時は全国で販売されて、まあいいかと買わなかったのですが
やっぱり欲しくなって、「高松だったら売っているだろ」と購入。
それ以外はすべて衝動買い。

より以前の記事一覧